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千葉地方裁判所 昭和30年(行)12号 判決

原告 秋葉儀助

被告 千葉県知事

主文

原告の訴は、いずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は

一、被告千葉県知事が昭和二三年二月二七日附をもつてした府県道東金・茂原線長生郡本納町-山武郡瑞穂村(現大網白里町)地内道路の区域を一部変更し昭和二三年二月二七日から旧地域に属する道路の供用はこれを廃止する旨の告示のうち、旧地域の一部山武郡大網白里町永田字宿一九四の四所在の土地に関する部分は無効であることを確認する。

二、(イ) 被告千葉県知事が昭和二三年一一月一〇日山武郡大網白里町永田字宿一九四の四廃道敷五畝三歩を公共団体たる千葉県に交付した処分の無効であることを確認する。

(ロ) 被告は原告に対し右土地につき千葉地方法務局大網出張所昭和二三年一二月二〇日受付第一〇二二号をもつて千葉県のためにされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

三、(イ) 被告千葉県知事が昭和二三年一一月一〇日前項の土地を訴外秋葉儀作に払下げた処分の無効であることを確認する。

(ロ) 被告は原告に対し右土地につき千葉地方法務局大網出張所昭和二三年一二月二〇日付第一〇二三号をもつて秋葉儀作のためにされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

四、被告は原告に対し山武郡大網白里町永田字宿一九四の四所在五畝三歩の土地につき昭和二三年二月二七日当時の地形に原状回復せよ。

五、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求原因として

一  被告千葉県知事が道路管理者として管理する府県道東金茂原線については、昭和一一年度から山武郡瑞穂村(現大網白里町)駒込地先町村境から長生郡本納町高田字榎神房に至る全線二一〇〇米の改築工事があり、昭和一二年三月完了したところ、改築にあたつては従来の道路の片側又は両側に幅員を拡げた部分もあるが、従来の道路に接近して新たな道路が構築された部分もあつた。すなわち右工事は昭和一二年度をもつて完成し、二一〇〇米の道路は一貫して供用されることとなつたが、右道路改築工事前、当時の瑞穂村長金坂健蔵、助役多部篤四郎、村議川嶋新等と被告千葉県知事との間に、新道路構築により不用となつた瑞穂対地域内の旧道路敷約六〇〇米については、これを町村道として存置し、村に移管する旨の合意がなされていたので、右改築路線工事の完了により右改築路線の開通した昭和一二年には右旧道路は瑞穂村に管理権が引き渡され(その故に右改築工事に際して新府県道と旧道路との接続工事がなされた。)、以後町村道として存置された。仮に千葉県知事において当時管理権引渡の事務処理をしていないとしても、新道路が完成した昭和一二年以降被告は旧道路につき道路維持修繕令にもとづく管理をなさず(右路線は千葉・勝浦間の県東部の重要幹線であるからそれが依然として府県道であるためには、道路構造令-大正八年一二月六日内務省令第二四号、改正大正一一年一〇月一四日同省第二六号-第二条によつて三間の幅を有しなければならないところ、瑞穂村永田字宿南端地先より同神明南部に至る約二〇〇米余はその幅三間を約九尺欠き、字耕地地先においても一丈余を欠く実情であつた。)却つて新道路のみを管理し、旧道路は瑞穂村(事実上は村の慣習に従つてその地域の部落)が保全管理して公共の用に供してきたものであるから、昭和一二年以降旧道路は府県道でなくなつたのである。

すなわち当時「道路法第六二条の規定による不用物件の管理及処分に関する件」(大正八年一一月二六日勅令第一七四号、以下単に勅令という。)第三条にもとづき瑞穂村に対する事実上の引渡がなされたものであり、その管理権は瑞穂村に属することとなつた次第である。

二  しかして旧道路のうち瑞穂村永田字宿一九四番地先は原告方において祖先以来数百年その住所への通路として通行してきたものであり、原告のみならず瑞穂村永田部落の住民は明治以前より右道路を住民負担により造営し管理し来り右部分を含む旧道路を公道(町村道)として長年にわたり通行の用に供してきたのであるから、右の部分につき通行権を有するところ、昭和三〇年二月大網白里町永田一九四農業秋葉圭介において、同所一九四番地先の旧道路を破壊し、砂利を運び去り、その他工作をして交通上支障となる行為をなしたので、原告において調査した結果、次の事実が判明した。すなわち被告千葉県知事は昭和二三年二月二七日千葉県告示第一二二号をもつて、府県道東金・茂原線長生郡本納町-山武郡瑞穂村(現大網白里町)地内道路の区域を一部変更し、昭和二三年二月二七日からその供用を開始し、旧区域に属する道路の供用を廃止する旨の告示をし、右供用廃止部分の一部につき山武郡大網白里町永田字宿一九四の四廃道敷五畝三歩(以下「本件土地」という。)として地番地積の設定を受けたうえ同年一一月一〇日これを公共団体である千葉県に交付し、更に千葉県は同日これを訴外秋葉儀作(圭介の養父)に払下処分し、同年一二月二〇日千葉地方法務局大網出張所受付第一〇二二号をもつて千葉県のため所有権保存登記をうけるとともに、同日同出張所受付第一〇二三号をもつて右訴外人に所有権移転登記したものである。そこで原告は昭和三〇年二月一四日被告に対し同土地の払下処分取消等の訴願をしたところ、同月一八日県道路課職員および土木部東金出張所職員の現地調査があつたがが、同月二一日秋葉圭介は県の役人の指示であるとして道路上に竹竿で柵を作り、更に三月一一日板塀および柵を作り全く通路を閉塞した。その結果原告は住所出入のために通行すべき道路を封鎖され、重大な支障を生ずるに至つた。

三  前記のとおり昭和二三年当時本件土地は廃道敷でなく町村道であつて、被告千葉県知事は道路管理者ではなかつたから、これを廃道敷とする権限はなく、前記告示中右土地に関する部分は権限を有しないものの行政行為として無効である。仮に右告示が昭和一二年当時の事柄を告示したもので形式的には有効であるとしても、右土地は前記大正八年勅令第一七四号(昭和一八年勅令第九四五号をもつて改正)第三条により瑞穂村にこれを引き渡すべきものであり、仮に瑞穂村長が路線を認定しなかつたとしても、右土地は旧国有財産法(大正一〇年四月八日法律第四三号)第一条および第二条の一により国の公共用財産として内務省の所管に属するもので、又その土地が当地方の幹線町村道の一環として府県道に連絡する交通の重要点であることから、同勅令第四条に従つてこれを主務大臣に還付すべきものであるにもかかわらず、同勅令第五条を適用して右土地を千葉県に交付した行為は、右勅令および国有財産法(昭和二三年六月三〇日法律第七三号)第一八条に違反し、地方自治法第二条第一一項・第一二項により無効である。

四、書類上千葉県は昭和二三年一一月一〇日に本件土地を秋葉儀作に払下げたことになつているが、実質上はその前年昭和二二年に払下処分が決まつている。すなわち昭和二二年五、六月頃前記秋葉儀作の養子圭介と県土木部東金出張所との間に土地の払下について交渉があり、同年一一月に交渉が成立したものであるが、その土地は町村道であるから、払下はできないにもかかわらず、形式上被告千葉県知事から地元村長へ管理権引渡の事務処理がおこなわれていないのを奇貨として右出張所が被告に進達した結果本件廃道敷処分その他数箇の処分にもとづいて払下げがおこなわれたものである。従つて右払下は法上の道路についてなされたもので、払下によつて国の所有権を侵害しているから当然無効であるが、仮に右土地が法上の道路でないとしても事実上一般人が交通の用に供している以上道路法の適用はなくても道路たることにかわりはないからこの関係は同一である。原告は千葉県が右旧道路敷を秋葉儀作に払い下げたことによりこれを通行することができず重大な不利不便を受けるに至つたが、千葉県が右土地の払下処分をすることが行政上の自由裁量に属するとしても、法令を無視し住民たる原告等利害関係人に処分についての通知その他これを知らしめる行為なく、利害関係人に権利主張の機会を与えないで基本的人権を侵害したもので公共の福祉に反する処分であるから、右処分は民法第一条、憲法第一一条ないし第一三条に違反し無効である。

五  よつて原告は被告千葉県知事が山武郡大網白里町永田字宿一九四の四所在五畝三歩の土地につき道路の供用を廃止した処分およびこれを千葉県に交付した処分、千葉県がこれを秋葉儀作に払下げた処分の各無効確認を求めるとともに、被告に対し右土地につき千葉県のためになされた所有権保存登記、秋葉儀作のためになされた所有権移転登記の各抹消登記手続を求め、併せて被告の指示にもとづき秋葉圭介によつて破壊された右土地を昭和二三年二月二七日当時の原状に回復することを求めるため本訴に及んだ。

と陳述し、被告の答弁に対し

(一)  被告は道路管理者が道路の供用を廃止したことについて公衆がその無効確認を訴求すべき正当の利益は存在しないから原告の請求は失当であると主張するが、住所出入のための通行権は自由権的自然的基本権であることは明らかで、通行権なるものは実定法上の定義を有しないとしても、憲法第一一条によつて保障されている基本的人権に包含されているのであつて、原告は侵害された既得権利の回復を他に求める方法がないため本訴に及んだものであり、公共の福祉の回復とともに自己の人権の回復を求めるものであるから本訴は適法であるる。

(二)  又被告は本件土地の払下処分をしたのは被告千葉県知事ではなく公共団体たる千葉県であり、払下処分は行政行為でなく私法行為であるから千葉県知事を被告とする本訴は不適法であるとの趣旨の主張をしているが、公共用物で一般人の交通の用に供されている本件土地の交付を受けた公共団体千葉県の「主体者」としての被告が右土地を人民の交通に供する必要がないとする行政権の意志発動にもとづいてした払下処分は行政行為であり、右払下処分の無効確認について千葉県知事を被告とすることも正当である。

(三)  被告は原告等関係地主四名が事前に払下処分に同意したと主張するが、すくなくとも原告がこれに同意を与えた事実はない。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一  被告千葉県知事が管理する府県道東金茂原線につき昭和一一年度以降原告主張の区間約二一〇〇米の改築工事がなされ、改築にあたつては従来の道路の片側又は両側に幅員を拡げた部分もあるが従来の道路に接近して新たな道路が構築された部分もあつたこと、被告千葉県知事が昭和二三年二月二七日千葉県告示第一二二号をもつて原告主張のとおり旧道路の一部につき道路供用廃止の告示をしたこと、および同年一一月一〇日右供用廃止部分のうち山武郡大網白里町永田字宿一九四の四廃道敷五畝三歩(本件土地)を公共団体である千葉県に交付したこと、千葉県が同日右土地を訴外秋葉儀作に払下げたこと、右土地につき原告主張の各登記が存在すること、はいずれも認めるが、原告主張のその余の事実中以下において被告の主張に反する部分は否認する。

二  原告は道路の供用廃止についてその無効確認を求めているが、道路はいわゆる公共用物であつて、公衆がこれを通行することのできるのは公物主体である道路管理者がこれを公物として維持し、一般交通の用に供している場合に、そのことの反射的利益としてその自由を享有し得るに止まり、それを通行するについて権利はもとより法律上の利益をも取得するものではない。従つて道路管理者がその供用廃止をした場合においても、それをもつて自己の権利又は法律上の利益の侵害であることを主張し得るものでないから、原告は本件供用廃止処分の無効確認を訴求することにつき正当の利益を欠くものであり、原告の右請求は失当である。

三  冒頭掲記の新道路構築工事が完成し、その路線としての一貫した交通が可能となると、その新道路部分を府県道東金・茂原線の道路として供用開始の処分をしなければならないが、その際府県道としての同一路線名のもとに新旧二本の道路物体が併存することは、道路の維持管理上極めて不適当なので、当然従来の道路部分はこれを府県道でないことにするいわゆる供用廃止処分をしなければならないのである。改築工事によつて新道部分ができ、事実上公衆がこれを通行していたとしても、道路管理者がそれを道路として供用を開始する処分をするまでは、その新道部分は単に将来道路たるべき物体であるに止まり、依然として旧道部分が法上の道路であり、道路管理者の管理権のもとにある。本件の場合新道部分が完成したので、当時の道路法(大正八年法律第五八号)により府県道の道路管理者である被告千葉県知事は、当時の道路法施行令(大正八年一一月五日勅令第四六〇号)第一一条の規定によつて、新道部分について道路としての供用を開始するとともに、府県道として存置の必要のなくなつた旧道部分の供用廃止を昭和二三年二月二七日県告示第一二二号をもつておこなつたのであり、右供用廃止処分は道路行政上の正当な必要性にもとづく合理的措置である。

四  本件において供用廃止となつた旧道路の大部分は、当時の地元町村である長生郡本納町、山武郡瑞穂村において、それぞれ町村道と認定したので、それに該当する部分はすべて「道路法第六二条の規定に依る不用物件等の管理処分に関する件」(大正八年一一月二六日勅令第一七四号)第三条により町村道の管理者である本納町長および瑞穂村長に引き渡されたが、原告主張の土地五畝三歩の部分は地元瑞穂村において町村道として認定するの必要を認めず、その認定をしなかつたので、同令第三条には該当しない土地となつた。原告は事実上部落民が通行していた地域で公道であるから村長に引き渡すべきものと主張するようであるが、道路法は町村道以下の部落道というようなものを認めず、又行政庁の認定によらなければ道路とならないものとしているので右第三条により村長に引き渡すことは不可能である。本件廃道敷は従来から他人の所有であつたものでもなく、狭小な細長型の土地で、官有財産として存置して他の用途にあてることもできないものであるから、右勅令第四条には全く該当しない。又原告は前記廃道敷処分について被告に権限がないと主張しているが、道路の供用を廃止した場合、その廃止部分の道路を構成していた土地については前記勅令第一条に「その道路の管理者たりし者」これを管理処分すと規定されており、被告千葉県知事は供用廃止告示ののち同令第二条の規定による八ケ月の期間を経過したので、同令第五条の規定にもとずき従来その府県道の費用を負担していた公共団体(旧道路法第三三条第二項に言う公共団体)たる千葉県にこれを交付したものであつて、被告の本件廃道敷交付処分には何らの違法もない。

五  原告は本件土地を被告千葉県知事が訴外秋葉儀作に払下げたものとしてその無効確認を求めているが、これを払下げたのは被告ではなくて公共団体たる千葉県である。すなわち道路でなくなつた土地(非公物)の交付を受けた千葉県が、その私産たる右土地を前記訴外人に売却し、みずから所有権保存登記を経て同人に所有権移転登記をしたものであつて、それは行政権の主体たる地位においておこなわれたものでなく単なる土地所有者たる地位においておこなわれた私法上の行為であるにすぎない。原告は、被告が右廃道敷を千葉県に交付する以前の昭和二二年一一月に払下していると主張するが、そのような事実はない。被告のおこなつた供用廃止の告示が昭和二三年二月二七日であり、本件土地を千葉県へ交付したのは同年一一月一〇日であつて、千葉県は即日これを前記訴外人に売却払下したものである。右訴外人は新道路の路線が同人所有宅地を貫通し、新道路敷地としてその所有地の一部を潰されたので、とくに本件土地の払下を希望し、昭和二三年五月一五日付書面をもつて、その旨を出願してきたが、その際同人は本件土地に隣接する自己以外の地主三名(訴外大橋正男、石井英督および原告)の同意書(右廃道敷を秋葉儀作に払下げるも異議なき旨を記載したもの)を県に提出した。この同意書は右出願の前年である昭和二二年六月二〇日付となつている。これは訴外秋葉儀作が、すでにその頃から近くおこなわれる供用廃止処分を予定して隣接地主間の話し合いをしたためであつて、決してこの時に払下がおこなわれたものではない。原告は、この払下により出入の通路をふさがれて人権を侵害されたという趣旨の主張をしているが、前記のとおり原告は本件土地が右訴外人に払下げられることに同意していたものであるから、これについて被告に対し異議を述べ得る筋合ではない。

六  原告は本件廃道敷五畝三歩について地形の原状回復を訴求しているが、被告が旧道路法および付属法令にもとづいておこなつた処分や、公共団体千葉県の土地売却行為について原告のいうような憲法その他の法令違反又は基本的人権の侵害等は存在しないから右請求は理由がない。

と述べた。(立証省略)

理由

被原千葉県知事が管理する府県道東金・茂原線につき昭和一一年度以降山武郡瑞穂村(現大網白里町)駒込地先町村境から長生郡本納町高田字榎神房に至る全線二一〇〇米の改築工事がなされ、改築にあたつては従来の道路に接近して新たな道路が構築された部分もあつたこと、被告千葉県知事が昭和二三年二月二七日千葉県告示第一二二号をもつて府県道東金・茂原線長生郡本納町-山武郡瑞穂村地内道路の区域を一部変更し、昭和二三年二月二七日からその供用を開始し、旧地域に属する道路の供用を廃止する旨の告示をしたこと、右供用廃止部分の一部につき山武郡大網白里町永田字宿一九四の四廃道敷五畝三歩(本件土地)として地番地積の設定がなされたこと、被告が昭和二三年一一月一〇日右土地を公共団体である千葉県に交付したこと、千葉県が同日これを訴外秋葉儀作に払下処分し、同年一二月二〇日千葉地方法務局大網出張所受付第一〇二二号をもつて千葉県のため所有権保存登記を受けるとともに、同日同出張所受付第一〇二三号をもつて千葉県から右訴外人に所有権移転登記されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

よつて、先ず原告が本件道路供用廃止処分及び本件土地を千葉県に交付した処分の無効確認を求めるにつき原告たる適格を有するかどうかの点について検討する。元来道路は一般公衆の共用に供されることを本来の性質とする公共用物であつて、公共用物は公物主体がそれを公物として公の目的に供用している場合に、そのことの反射的利益として、それを自由に使用しうるに止まり、各人のために使用の権利が設定されたものではない。すなわち各人は道路管理者の許容の範囲内において、かつ他人の共用を妨害しない限度においてこれを使用する自由を有するに止まり、これは何人も享有する一般自由権の効果たるにすぎず、特別の権利たるものではない。したがつて公物主体たる道路管理者が道路の供用廃止をした場合、直接間接私人の利害に関係をもつとしても、それをもつて自己の権利の侵害であることを主張することはできないものといわなければならない。原告が本件土地に接続する宅地に祖先以来居住し、本件土地をその住所への通路として通行してきたものであるとしても、原告が右土地につき占用使用権等のような特別の権利を有していない限り(原告がこのような権利を有していたことはその立証しないところである。もつとも地方自治法第二〇九条には慣習法による財産又は営造物の使用権について規定されているが、本件においては原告を含む部落民等が本件土地につき旧来の慣行による使用権を有することは全証拠によつてもこれを認めることができない。)、道路供用廃止によつてその権利を毀損されたものと認むべきでなく、単に反射的利益を害されたに止まるというべきであるから、このように権利侵害なくして当該行政処分の違法を主張し、その無効確認等を求める訴訟は民衆訴訟として法律の特別の規定をまつて始めて提起し得るものであることは明らかである。しかるに道路管理者のなす道路供用廃止処分に対し、このような訴を認めている法律規定は存在しないから、原告は本件道路供用廃止処分の無効確認を求めるにつき原告たる適格を欠くものといわなければならない。しかして、そうである以上原告は被告が本件土地を千葉県に交付した処分の無効を主張する利益も有しないものというべきであるから、原告の本訴請求中第一第二はいずれも不適法として却下を免れない。

(なお念のため本件道路供用廃止処分及び本件土地を千葉県へ)交付した処分の適否に関する当裁判所の判断を附加する。成立に争いのない乙第七号証、証人板倉俊の証言により真正に成立したものと認め得る甲第五号証、乙第六号証の二、三、五、証人戸村鉄之助の証言により真正に成立したものと認め得る乙第六号証の一、四、証人岩佐四郎三郎、板倉俊、戸村鉄之助の各証言および原告本人の尋問の結果ならびに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、「前記府県道東金・茂原線の改築工事により新たな道路が構築された部分については、これに並行する旧道路を府県道として存置する必要がなくなるので、当時の道路法(大正八年法律第五八号)により府県道の道路管理者たる千葉県知事は、当時の道路法施行令第一一条の規定により新道路部分につき供用を開始するとともに、旧道路部分につき供用廃止処分をすることとなるが(府県道を維持する基準については右道路法第一一条に詳細に規定してある)右処分に先き立ち昭和二二年一一月被告の下部機関たる東金土木出張所長を通じて山武郡瑞穂村長に対し供用廃止後の旧道路を町村道として存置するか否かについて照会を発した。当時の瑞穂村長岩佐四郎三郎は旧道路の一部を町村道として存置するにつき同年一二月二九日開かれた瑞穂村議会に諮問案を提出し、原案どおり可決されたので、その旨昭和二三年一月一三日前記土木出張所長を通じて被告に回答したが、右瑞穂村長作成の諮問案によると本件土地は町村道として存置する区域に入れられていなかつた。そこで被告千葉県知事は昭和二三年二月二七日冒頭掲記の告示をするとともに、瑞穂村内の供用廃止となつた旧道路のうち瑞穂村長において町村道として存置すべき部分は「道路法第六二条の規定による不用物件の管理又処分に関する件」(大正八年一一月二六日勅令第一七四号)第三条により町村道の管理者たる瑞穂村長に引き渡すべきものとしたが、本件土地は同令第三条に該当しないので、前記告示後同令第二条の規定による八ケ月を経過した昭和二三年一一月一〇日これを同令第五条の規定により公共団体千葉県に交付し、千葉県は同日これを訴外私葉儀作に払下げた。そして昭和二五年一二月、当時の瑞穂村長土屋轍正は前記諮問案に従い旧道路部分を町村道として認定する処分をした。」との事実を認めることができる。

原告は前記府県道東金・茂原線改築工事の完了によつて右新道路の開通した昭和一二年には、旧道路は瑞穂村に引き渡され、以後町村道として存置されたと主張し、成立に争いのない甲第一号証、証人戸村鉄之助の証言および本件口頭弁論の全趣旨によれば、昭和一二年当時新道部分が事実上完成し、爾来一般公衆がこれを通行していたこと、旧道路部分は当該部落民がその補修維持にあたり、かつ通行の用に供してきたことを認め得られるけれども、以下に述べる理由により原告の右主張は採用できない。すなわち公共用物たる道路が成立するためには、これが一般公衆の使用に供せられることのできる形体的要素(実体)と、これを公物として公の目的に供用する旨の意思的行為を必要とするのであつて、道路改築工事によつて新道部分ができ、事実上通行の用に供されていたとしても、当時の道路法施行令第一一条の規定により道路管理者たる行政主体が、それを道路として供用開始する旨の意思的行為(公用開始処分)をするまでは、その部分は公物たる法上の道路とはならず、依然として旧道部分が道路供用廃止されるまで法上の道路として道路管理者の管理権のもとにある。しかして道路管理者が旧道部分の維持修理をせず、却つて新道路部分の維持修理に専念していたとしても、これは新道路部分が道路として供用を開始され旧道部分の供用が廃止されるか、他の道路管理者又は国、公共団体等に引き継がれるまでの中間的措置たるに止まる。この間に旧道路部分を部落民が事実上維持修理し通行の用に供したとしても、このことにより右道路が法上部落もしくは村に引き渡され、村道として存置されたことにはならないのである。したがつて昭和二三年当時本件土地が町村道であつて被告千葉県知事が道路管理者でなかつたから本件道路供用廃止処分が違法であるとの原告の主張は理由がない。

次に原告は被告が道路管理者として本件土地に関し道路供用の廃止をした場合は、前記勅令第三条により瑞穂村にこれを引き渡すべきものと主張するが、前段説示のとおり瑞穂村長において右土地を道路法にもとづき町村道として認定しなかつたものであるから、同令第三条の規定が適用される場合でないことは明らかである。又原告は右土地が旧国有財産法(大正一〇年法律第四三号)の規定により国の公共用財産として内務省の所管に属するもので、前記勅令第四条の規定により主務大臣に還付すべきものと主張するが、道路の供用を廃止された土地が当然に国有財産に編入されるべきものではなく、同令第四条第二項、第一条の規定により道路管理者たりし者において、その土地が官有財産として存置するの必要あるものと認めたときにのみ、これを主務大臣に還付すべきものであつて、右は行政機関相互間の内部的意思表示による自由裁量処分であるから人民からその違法を主張し得べきものではない。そうすると本件土地は同令第三条・第四条のいずれにも該当しないから、同令第五条により、道路の費用を負担した公共団体たる千葉県にこれを交付した被告の処分は相当であつて何ら違法はない。)

しかして公共団体たる千葉県が本件土地を訴外秋葉儀作に払下げた行為は私法行為であつて私法法規の適用を受けるべき売買契約である。したがつて右売却行為は行政事件訴訟特例法第一条にいう「行政庁の処分」に該当しないのみならず「公法上の権利関係」にも属さない。しかも右処分の主体は公共団体たる千葉県であつて被告千葉県知事ではない。よつて右売却行為を行政処分であるとし、被告に対しその無効確認を求める原告の請求は、いずれにしても不適法であるから同様に却下を免かれない。又右土地につき千葉県のためになされた所有権保存登記および訴外秋葉儀作のためになされた所有権移転登記の各抹消を求める原告の請求も、被告千葉県知事がその登記義務者でないことは原告の主張自体によつて明らかであるから、右請求について被告は被告たる適格を有せず、この部分も不適法であるといわなければならない。更に被告に対し右土地の地形を原状に回復することを求める原告の請求も行政庁に対して作為を求めることは許されないから不適法である。

よつて原告の本訴請求は、いずれも不適法であるから、訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)

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